規模より設計思想を見ろ
アメリカの新しいLBE施設を視察するとき、私は床面積と来場者数を最初に見ない。「どんな設計原理で動いているか」を先に探す。
Atlas9は、カンザスシティに2025年9月にオープンした没入型エンターテインメント施設だ。46,000平米という規模は確かに大きい。しかし規模はコンテキストだ。重要なのは、その内側にある思想だ。
この施設には、私が注目する設計原理が3つある。役割の付与、chassis(シャーシ)思想、シーズン制ドラマとしての運営。順に解説する。
3層構造——役割は、入場前に決まる
Atlas9の体験は、駐車場から始まる。文字どおりの意味だ。
第一層は「封じ込め施設」としての駐車場エリアだ。外の世界との断絶を、この段階で作る。第二層は、1990年代の映画館を再現した空間。観客はここで「映画の観客」という役割に移行する。第三層が本体——架空の映画の世界そのものだ。
重要なのは、観客が施設に入る前から役割を与えられている点だ。「あなたは映画館に来た観客である」という前提が、体験全体のフレームになる。この前提があるからこそ、後の体験に意味が生まれる。
役割なき没入体験は、観光施設と変わらない。観客は自分が「何者として」その空間にいるかを知っているとき、はじめて没入する。
chassis——入れ替え可能な土台
Atlas9の中核には、240席のシアターがある。CCOのEthan Fletcherは、これを「chassis(シャーシ)」と呼ぶ。
シャーシとは、自動車の車台だ。エンジン、シャフト、タイヤを乗せる骨格。ボディは交換できるが、土台は共通する。Atlas9は、このシアターを「コンテンツの土台」として設計した。テーマは入れ替えられる。しかし体験の構造は変わらない。
これは、施設の持続可能性に直結する。LBEの死亡原因の一つは「コンテンツの陳腐化」だ。同じ体験を繰り返した観客は離れる。しかしchassis思想なら、土台を生かしたままテーマを刷新できる。ハードウェアへの投資を無駄にせず、コンテンツを進化させ続ける構造だ。
NYXが施設設計に関わるとき、私が必ず問うのはこれだ。「この空間は、5年後に別のテーマで動けるか」。答えがNoなら、設計を見直す。
シーズン制ドラマとしての運営
Atlas9のCCO、Ethan Fletcherはこう語っている。
我々はプロットの捻り、ストーリーの変化、
キャラクターの成長、続編を持ちたい。
観客が「次に何が起きるか」を楽しみに戻ってくる施設にする。
これはLBEの常識を変える発想だ。従来のテーマパーク型施設は「来るたびに同じ体験」を提供する。アトラクションは固定され、毎回のクオリティは安定する。しかし「初回と二回目が同じ」という事実が、リピートの障壁でもある。
Atlas9はドラマシリーズの論理で動く。季節ごとにストーリーが進む。前回来たゲストは「続き」を知っている。初来場者は「始まり」を体験する。両者が同じ空間で、異なる深度の体験をする。
これは映画とテレビシリーズの違いと同じだ。映画は一回完結。シリーズは継続する。Atlas9はLBEをシリーズにしようとしている。
NYXが学ぶこと
規模でも予算でもなく、Atlas9の本質は「観客の時間の使い方を再設計した」点にある。
役割の付与によって、観客は「体験者」になる。chassis思想によって、施設は「成長し続ける生き物」になる。シーズン制によって、観客は「物語の読者」になる。どれも、単なるエンターテインメントではない。
NYXがこれから設計する体験の中に、この三つの問いを常に持つ。「観客に何者であるかを伝えたか」「この土台は5年後も使えるか」「観客は次の章を期待して帰るか」。
— Shoichiro Tsuno · CCO, NYX
